ビジネスコミュニケーションツールのなかで圧倒的なシェアを誇る「チャットワーク」。多種多様なビジネスシーンで必要不可欠とも言えるこのツールを開発・提供しているのが、2004年に設立されたChatWork株式会社です。
「チャットワーク」によって多くのビジネスパーソンの“働き方”を変えてきた同社は、自社の”働き方”も常に改善させています。その一環として、2017年からOKRを導入しました。近年、急速に事業・社員が拡大している同社がOKRを採り入れた理由とは?そして、その運用方法や効果は?
代表・山本正喜さんと、コーポレートサポート本部 本部長 西尾知一さんのお二人に、ChatWork流のOKR運用について伺いました。
ChatWork株式会社 代表取締役CEO兼CTO 山本正喜さん(写真左)
大学在学中より兄・山本敏行とともに株式会社 EC studio(現・ChatWork)を2000 年に創業。CTOとしてサービス開発に携わり、2011年にクラウド型ビジネスチャット「チャットワーク」の提供をスタートさせる。2018年6月、同社の代表取締役CEO兼CTOに就任。
ChatWork株式会社 コーポレートサポート本部 本部長 西尾知一さん(写真右)
関西に拠点を置くIT企業にて、法務、総務、情報システム等の業務に従事。管理系業務全般を統括する。2017年10月にChatWorkにジョイン。前職での経験を活かし、人事制度構築などオフィス部門全般を手がけている。
MBOではなくOKRを人事評価のフレームワークに選んだ理由
――ChatWorkさんでは、2017年から本格的にOKRを導入したと伺いました。どのような課題感があってOKRを導入されたのですか?
山本 : それ以前のChatWorkには目標設定の文化がなく、メンバーの評価に統一の基準というものがありませんでした。そのため人事評価の際には、マネージャー以上が集まって、メンバー一人ひとりの活動を共有し、評価を決定していました。そのような運用をしていたので社員数が増えてくるに従って、評価運用の負担が大きくなっていきました。
また現在、ChatWorkの社員数は約90名ですが、50〜60名の規模になった頃から「誰が何をやっているのか」が見えづらくなってきました。合わせて、会社の戦略や方針も社員に浸透しづらい状況になってきました。
そういった背景から「評価制度の刷新」と「社員と経営の目線のすり合わせ」を目的として、2017年からOKRを導入しました。
――OKR自体はいつ頃から注目されていたのですか?
山本 : GoogleがOKRを導入したというニュースを見た時に知ったので、5年以上前でしょうか。それからChatWorkでは、2017年のOKR本格導入の前にも一度、試験的にOKRを取り入れたことがありました。
――試験導入されたときの結果はいかがでしたか?
山本 : 正直、あまりうまくいきませんでした(笑)。OKRを導入することで全社戦略の目線合わせに一定の効果はありましたが、ちゃんと運用できませんでした。というのも、人事評価と連動することも、反映することもしなかったので、最終的には工数をかけるモチベーションがなくなってしまった、というのが実情です。OKRを設定できても、運用をしっかりしないと効果は得られないと思いましたね。
――試験運用のご経験があった上で、本格導入に至ったのですね。評価制度として、日本企業では一般的な目標管理制度(MBO)は利用せず、OKRを選んだ理由はどんなところにありますか?
山本 : もともと、MBOのデメリットは重々承知していたつもりだったので、何か別の制度が必要だと思っていました。OKRの良いところは、定量目標と定性目標がバランス良く設定できるところです。
また、海外のITプロダクトの企業が、OKRを当たり前のように取り入れていることも、導入を決めたポイントの一つです。というのも、私たちのようなスタートアップだと、半年後には社員の仕事内容が大幅に変わってしまうことも多々あります。そのため、意味ある目標にするためにも、短いサイクルで柔軟に変更・改善できるフレームワークがいいと思いました。
トライ&エラーを経て、数値連動ではなく、「チャレンジの姿勢」を人事評価に反映する運用に
――OKRを利用した人事評価はどのように運用されたのですか?
山本 : 導入初期は、OKRの達成率を評価制度に完全に連動させる形で運用しました。もちろん、「OKRを評価と連動すべきではない」という意見も耳にしましたが、OKRと評価制度を二重に走らせる運用は大変だと思ったんです。
――結果はどうでしたか?
山本 : 決して「うまくいった!」とは言えない状態でしたね。そもそも目標を設定する文化が無かったところからのスタートだったので、自分たちで目標を立ててもらうこと自体が大変でした。
それでもなんとか、2017年の上期に目標設定をしたのですが、案の定、当初は目標に入れていなかった想定外のプロジェクトが発生するなどして、目標が全く達成できないという事態が発生しました。
社員たちは「これでは評価が下がってしまう…」という意識になってしまい、2017年下期の目標設定は、一気に保守的に…。そもそものOKRのメリットである「ムーンショット」(※1)を促進できませんでした。これらの課題を踏まえ、翌2018年にOKRの運用方法をアップデートしました。
(※1)ムーンショット…困難ではあるが、実現することで大きな効果が得られる「壮大な目標・挑戦」のこと
――どのようにアップデートされたのでしょうか?
西尾 : 2018年からは「OKRの達成率は評価に連動しない」としています。OKRが10%の達成率であっても70%の達成率であっても評価には連動しません。
たとえば、達成率が100%だったら、そもそも目標が低すぎるので、次は高くする。達成率が10%だったら、目標が高すぎるので、次は下げる。などと考えながら、理想値は70%としています。
――評価に連動しないということですが、人事評価はどのような設計なのでしょうか?
山本 : 達成率は評価に直接連動しませんが、OKRを参考にはしています。
具体的に言うと、社員の評価は、①業績評価 ②行動評価 ③全社業績の3つに対して、グレード別の係数がかかっています。この、①業績評価にOKRを参考にした数値を入れるのですが、「OKRを通してどれだけチャレンジしたか」に対する評価を入れています。
最終的にはマネージャーがメンバーのパフォーマンスを見て、評価点を決めます。極端な話ですが、OKRの達成率が0%でも、良い評価点をつけることもできます。もちろん、マネージャーがきちんとした評価理由を説明する必要がありますが。
「ムーンショット」の感覚をつかんで、チャレンジ精神を持つ組織に
――OKRの運用で心がけているポイントやコツはありますか?
山本 : 評価は半期に1回ですが、OKRは四半期に1回として、サイクルを短くしました。以前のように半期に1回だと目標と業務内容に乖離が出てきてしまう恐れがあります。サイクルを短くすることで運用コストは上がってしまいますが、目標に対するコミュニケーションを増やすため、四半期の運用で少し負荷をかけました。
さらに、OKRのツリー構造をきれいに網羅しようとすると膨大な量になってしまうので、「全社の戦略・戦術に対して各部署の目標が紐づいていれば良い」という建てつけにしました。そうすることで、目標を達成すること・チャレンジすること・コミュニケーションすること。この3つに注力する運用にしました。
――2018年にアップデートしたOKRの運用で、課題はありますか?
西尾 : まだまだ「ムーンショット」での目標設定の感覚がつかめていないことですね。どうしても「目標を設定したら達成しないといけない」と思ってしまい、掲げる目標が挑戦的ではなく、手堅いものになってしまいがちなところが課題だと思っています。
マネージャーもOKRによる目標管理の経験がまだまだ浅く、どのようにチャレンジングな目標設定をすれば良いのかつかめていないようで、トライ&エラーを繰り返していますね。ただ、これは回数を重ねていく中で理解できればいいと思っています。
山本 : 目標設定はマネージャーにとって大変な仕事です。ですので、目標を立て、チャレンジして、フィードバックするという一連の流れができれば、まずは御の字としています。来期以降は、それから上を目指していきたいと考えています。
OKRが一つのコミュニケーションツールに
――OKRを導入したことで、人事評価以外でのメリットはありましたか?
山本 : 「追っているOKRってなんですか?」というコミュニケーションが現場で行われるようになったことです。これはかなり大きな変化です。OKRが一つのコミュニケーションのツールになってきましたね。
特に、仕事を依頼するときなど、OKRに沿っていることであれば、部署内だけではなく、他部署にも仕事を依頼しやすいんです。やはりOKRの良さは、全社で共有・見える化することですね。目標数値の高い・低いより、「その人が何をやっていて、何を目指しているか」が分かるというのがメリットです。
西尾 : また、定量目標だけだと視野が狭くなりがちですが、Objectiveという定性目標があることで目指す方向がブレないので、メンバー自身で様々なことを判断しやすくなります。そのためにも、Objectiveを考え抜くことは大切ですね。
――これまでのOKRの運用を振り返っていかがですか?
西尾 : 定量目標をそのまま人事評価に連動させてしまうと、上司はムーンショットを推進するのに、仮に達成しなかった時、低い評価を受けてしまうのは部下です。これでは上司・部下の信頼関係がくずれてしまうと思いました。
基本的に人は安心していたい生き物ですから、OKRの目標と人事評価の連動率が高いと、チャレンジ精神が育つことを阻害してしまいます。とはいえ、全く評価に関わらない目標は、モチベーションにつながりませんし、目標と人事評価を切り離すほど、評価や給与に対する説明が難しくなります。
こういった、白黒つかないところに応えていかなければならないことが、人事制度設計の難しさかなと思っています。
山本 : そもそも統一的なフレームワークで人を評価することはできないと思っていて。基本的には、直属のマネージャーが一番近くで見ているので、メンバー自身やそのパフォーマンスを理解しているはずです。もちろん、精緻ではないかもしれませんが、ほぼほぼの正解は持っていると思います。そういう意味で、マネージャーの裁量が大きい方が評価の納得感は高まると思います。ノーレイティングと同じ考え方ですね。
とはいえ経営の観点や配分する原資の感覚がないマネージャーでは評価は難しいと思うので、マネージャーに対して、一定のフレームワークを渡してサポートしてあげる必要があります。そういう意味では、OKRは目線合わせのフレームワークを与えているに過ぎません。
「完璧を求めない」カッコつけずに、継続して改善していくことがOKR運用のポイント
――来期(2019年)に向けてお考えになっているOKRの運用方法や評価制度について教えてください。
西尾 : OKRは理想の会社に近づけるための触媒だと思っていて、チャレンジングな目標設定ができるツールだと感じています。ただ、先ほど述べたように、あくまでフレームワークの一つなので、今後の評価制度自体をどうするべきかはよく考えていきたいですね。
山本 : OKRの趣旨を理解してもらうことが重要だと思うので、例えば1on1など、OKRを通したコミュニケーションを、どんな形でもいいからやっていきたいですね。OKRの質や中身は、その中で考えていければいいと思っています。徐々に階段を登りながら、フレームワークとして全社に浸透させていきたいです。どちらかというとカルチャー作りや人材教育の観点に近いですね。
ただし、人事のリソースが潤沢にあるわけではないですし、業績のパフォーマンスを落とさないことが前提なので、きれいで緻密な運用は目指していません。「完璧を求めない」ことを念頭に、意志を持って、あえて緩くやっています。このバランスが大切かなと。自分たちに最適な形で、「カッコつけずに」やっていくことが大切ですね。
――それでは最後に、今後、OKRに取り組んでいきたいと考えている方に向けて、アドバイスをお願いします。
山本 :繰り返しにはなってしまいますが、「カッコつけない」「完璧を求めない」「継続して改善していく」この3つに尽きるかなと思います。色々なことを社員に強制するのは簡単ですが、そうすると自分で考えることをしなくなってしまいます。人も組織も、不都合や不便さを感じながら、自分たちで改善の方法を考えていく方ことが、中長期的には大きな成長につながると思います。
(構成・取材・文:眞田幸剛、撮影:古林洋平)
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